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特徴

  • Zelio SSP3ソリッドステート パワーリレー
  • Schneider Electric Zelioソリッドステートリレーは、制御及び負荷スイッチングをインターフェイスする広範な用途向けにコンパクトで革新的なソリューションを実現します。 SSPシリーズパネル取り付けリレーにより、ソリッドステート制御及びスイッチングの総合ソリューションが得られます。 SSPリレーは、抵抗負荷のゼロ電圧スイッチング及び誘導負荷のランダムスイッチングを実現します。 単相及び三相のオプションがあり、定格電流は6 → 55 Aです。
  • メンテナンスが容易 高スイッチング周波数 耐衝撃性、耐振動性、汚染防止 長寿命

仕様

  • 入数:1個
  • 最小負荷電流:0.1 A
  • 最大負荷電流:25 A
  • 取り付けタイプ:パネルマウント
  • 最小負荷電圧:48 V ac
  • 最大負荷電圧:530 V ac
  • 最小電圧制御:4 V dc
  • 最大電圧制御:32 V dc
  • スイッチングタイプ:ACスイッチング
  • 接点構成:3P-NO
  • ターミナルタイプ:ネジ
  • 出力装置:SCR
  • 最大ターンオン時間:8.33 ms
  • 寸法:101.3 x 97.8 x 35.5mm
  • 極数:3
  • RoHS適合状況:適合
  • コード番号:922-2013

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April 17, 2022

バリントン・ムーア『独裁と民主政治の社会的起源(上)』

ネット購入。


書名:独裁と民主政治の社会的起源(上)
著者:バリントン・ムーア
訳者:宮崎隆次・森山茂徳・高橋直樹
出版:岩波文庫(2019年5月第1刷)


《目次》


序文・謝辞


【第一部 資本主義デモクラシーの革命的起源】


第一章 イギリス—漸進主義に対する暴力の貢献


1 農村部における資本主義への移行—背後に存在した貴族の原動力(インパルス)


2 農業面から見た内乱
{・・・清教徒革命が革命として産み出したものは、法的・社会的諸関係において奥深く、しかも永続的であった。星室庁の廃止により、農民たちは囲い込みの進展に対抗する主要な保護を失った。クロムウェルの下で、特に軍政官支配の後期に、囲い込みの影響を食い止めるためにいくつかの試みがなされた。しかし、それはそのような試みでは最後のものであった。革命を支えたジェントリー層の社会的特性について疑問の余地はあるが、誰が勝利したかは明らかである。「王政復古によって囲い込みをする者は自分の前にある物をすべて勝ち取った」が、もっとも、この影響のすべてが感じられるようになったのはしばらく後であった。内乱は、国王権力を打ち破ることによって、囲い込みを行う地主たちの主な障害を取り去ると同時に、イギリスが—18世紀の議会についての厳しいが、かなり正確な呼び名を使えば—「地主の評議会(committee of landlords)」によって支配される準備をした。・・・}


3 囲い込みと農民層の崩壊


4 貴族支配と資本主義の勝利


第二章 フランスにおける発展と革命


1 イギリスとの差異及びその起源


2 商業的農業への貴族の対応


3 絶対王政下の階級関係


4 貴族の攻勢と絶対主義の崩壊


5 大革命期における農民層と急進主義の関係


6 大革命に反抗する農民—ヴァンデ県


7 革命テロルの社会的結果


8 概括


第三章 アメリカ南北戦争—最後の資本主義革命


1 プランテーションと工場—必然的対立か


2 アメリカ資本主義の三つの発展形態


3 戦争原因の説明を求めて


4 革命原動力とその挫折


5 戦争の意味


【第二部 近代世界に向かうアジアの三つの道】


覚書 ヨーロッパとアジアの政治過程—比較に際しての諸問題


第四章 中華帝国の衰退と共産主義型近代化の起源


1 上層階級と帝制


2 紳士と商業世界


3 商業的農業の失敗


4 帝制の崩壊と軍閥の勃興


5 国民党による幕間劇とその意味


6 反乱と革命と農民


原註
訳注
参考文献


 

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April 07, 2022

濱田耕作『通論考古学』

ネット購入。

書名:通論考古学
著者:濱田耕作
出版:岩波文庫(2016年12月)

《目次》

自序

【第一編 序論】

第一章 考古学とは何ぞや

1 考古学の起原
2 考古学の語義
3 ヴィンケルマン
4 北欧学者の研究
5 考古学の定義

第二章 考古学の範囲および目的

6 「人類過去」の範囲
7 考古学の時代的区分
8 地理的あるいは民族的区分
9 資料の種類にもとづく区分
10 考古学の目的

第三章 考古学と他学科との関係

11 各学科との関係
12 化学
13 地質学
14 人類学
15 史学

【第二編 資料】

第一章 考古学的資料の性質

16 考古学的資料の範囲
17 遺物と遺跡
18 遺物・遺跡の名称

第二章 考古学的資料の所在と収集

19 遺物の存在場所
20 資料の採集
21 博物館・社寺および個人の収集

第三章 遺物とその種類

22 人類と器具
23 器具の材料
24 石器
25 旧石器
26 原石器
27 新石器
28 骨角器
29 土器
30 土器と考古学
31 金属器
32 装飾品
33 彫刻・絵画等

第四章 遺跡とその種類

34 墳墓と考古学
35 最古の墳墓
36 石室墳墓および高塚
37 葬法
38 巨石記念物
39 住居跡
40 都市城塞
41 工業交通の遺跡
42 寺院・宮殿・寺の建築

【第三編 調査】

第一章 考古学的発掘

43 発掘の価値
44 発掘者
45 人夫
46 発掘用器具
47 発掘地点の選定

第二章 発掘の方法

48 発掘の開始
49 発掘の方式
50 土砂の処置
51 最後の武器
52 発掘者の態度
53 発掘後の処置
54 発掘の遺物
55 荷造り

第三章 調査の方法(一)

56 調査の方法の種別
57 写真
58 拓本
59 紙型・石膏型等

第四章 調査の方法(二)

60 図写
61 測量
62 記録

【第四編 研究】

第一章 資料の整理・鑑別

63 資料の収集
64 発掘資料の整理
65 偽造と変造
66 鑑識
67 遺物の等級
68 「集成」の必要

第二章 特殊的研究法

69 層位学的方法
70 型式学的方法
71 共存関係
72 土俗学的方法

第三章 時代の決定

73 相対的年代と絶対的年代
74 仮数年代
75 記銘文献による年代決定
76 遺物の存在場所による年代決定
77 型式・様式による年代決定
78 絶対年代決定の可能と不可能

第四章 考古学と文献

79 文献の価値
80 文献の種類
81 文献と遺物との衝突
82 研究の総合

【第五編 後論】

第一章 考古学的出版

83 出版の義務
84 報告の時期
85 図版
86 本文
87 体裁

第二章 遺物・遺跡の保存

88 保存の義務
89 石製・土製品
90 織物および紙類
91 金属類
92 複製の必要

第三章 遺跡・遺物の修理

93 修理の程度
94 遺物の修理
95 遺跡の修理
96 記念物保存法

第四章 博物館

97 博物館の本義
98 博物館の採光
99 陳列の方法
100 付け札と目録
101 博物館と大学・学会

主要参考書解題

[解説]日本考古学の父、濱田耕作 (春成秀爾)

濱田耕作略年譜

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April 02, 2022

チョムスキー『統辞構造論』

一年ほど前にネットで購入。
今さらですが、チョムスキーの言語学を本当に理解するためには、高度な数学の知識が不可欠だと思います。私には無理です(笑)。

書名:統辞構造論 付『言語理論の論理構造』序論
著者:チョムスキー
訳者:福井直樹・辻子美保子
出版:岩波文庫(2014年1月第1刷)

《目次》

【『統辞構造論』】

まえがき

第1章 序文

第2章 文法の独立性

第3章 初歩的な言語理論

第4章 句構造

第5章 句構造による記述の限界

第6章 言語理論の目標について

第7章 英語におけるいくつかの変換

第8章 言語理論の説明力

第9章 統辞論と意味論

第10章 要約

第11章 付録Ⅰ 表記と述語

第12章 付録Ⅱ 英語の句構造規則および変換規則の例

参考文献

【『言語理論の論理構造』序論】

第1節 {最初の、そして最も広く出回っている『論理構造』の草稿版は1955年の春に完成し、模写が作られた。・・・}

第2節 {『論理構造』は相互に関連し合った3つの根本的概念を扱っている。それらは、言語、文法、構造である。・・・}

第3節 {『論理構造』のいくつかの主要な概念とその後の発展の要点を述べたので、今度は、この序論の最後の主題、即ち、『論理構造』で提示された研究の起源について論じることにしたい。・・・}

【解説】「生成文法の企て」の原点 ―『統辞構造論』とその周辺—
第1節 はじめに
第2節 「革命」の背景
/歴史言語学—「順序付けられた書き換え規則」という概念/ゼリッグ・ハリスと構造主義言語学/哲学、数学、数理論理学/ケンブリッジでの出会い—モーリス・ハレを中心に/
第3節 「革命」の内容
/言語研究の目標—言語、文法、言語理論/書き換え系の研究と代数的言語学/変換の理論/
第4節 「革命」後の展開—概観
/生成音韻論の発展/心理学、生物学との交流/人間言語の代数的研究/デカルト言語学/統辞理論の進展/
第5節 おわりに

参考文献

あとがき
人名索引
事項索引

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March 28, 2022

義江彰夫『神仏習合』

ネット購入。新古品だったかな。面白かったですが索引もあればなおよかった。

書名:神仏習合
著者:義江彰夫
出版:岩波新書(1996年7月第1刷)

《目次》

序 巫女の託宣 ―誰が平将門に新皇位を授けたか―
/巫女の託宣と新皇将門/本書の課題/

第一章 仏になろうとする神々

1 伊勢・多度大神の告白
/仏教帰依の願い/神々の願いをとりこむ仏教/
{・・・すなわち、神宮寺とは仏教に帰依して仏になろうとする神々の願いを実現する場として成立した寺であった。そして、主に遊行僧らの手によってその核となる部分=神像安置の堂宇が建てられることから出発したのである。}
/地方豪族層の願い/

2 神宮寺確立の過程
/神宮寺確立への道と王権の関与/
{・・・神宮寺出現の発端となる土地の大神の神身離脱から本格的伽藍をもつ寺院となるまでの道は、地方豪族の先端に現れた神祇信仰の苦悩と仏教による打開を、王権の支持を取りつけながら、周辺の神々やそれを背負う豪族やその配下の人々をとりこむ道でもあったから、それなりの時間を必要としたのである。}
/神宮寺への期待/神宮寺の大寺院への編入/

3 社会的背景を探る
/神宮寺の二つのタイプ/神仏習合の原点/神祇信仰は消滅したか/神宮寺出現以後の神社と寺院/

4 律令国家の神社編成のゆきづまり
/神祇官制度をめぐって/ゆきづまる神社編成/神宮寺の出現のなかで/幣帛班給崩壊への本格的第一歩/
{諸国の神々の仏教帰依と神宮寺の出現が歴史の必然であったとすれば、いかに朝廷が神宮寺建立に関与し、それを担う地方豪族たちの心を捉え直そうとしても、それだけで、律令国家の支配が再建されたわけではなかった。律令国家は、これによって租税収取の実質的手立てを失い、といって、律令的官僚制そのものを地方社会が内的に理解できる段階に到達していたわけでなく、これに代わる有効な手立てを用意できるに至っていなかったからである。
朝廷は、神宮寺が確立する時代はむろん、それが大寺院の別院となって安定した勢力となってゆく九世紀の後半まで、一方で神宮寺下に積極的に手を貸しながら、他方で一貫して祈年・月次・新嘗祭にさいし諸国有力神社の祝に神祇官から幣帛を班給するという政策をとり続けた。・・・}
/国家の新たな対応/幣帛班給の全面的崩壊/

第二章 雑密から大乗仏教へ

1 空海は何をもたらしたのか
/空海の悩み/努力が実をむすぶ/日本宗教史上の巨人、空海/
{このようにみてくれば、空海とは、神々を仏教に帰依させるべく神宮寺を建立した満願禅師などの遊行僧の成果を継承し、彼らが願いつつ充分果たせなかった雑密の大乗密教化と王権による庇護と王権擁護という課題を実現したわけであり、まさに日本宗教史上の巨人というにふさわしい。
では、空海は当時の日本宗教におこっていた根本的な地殻変動、神々の神身離脱と仏教帰依と神宮寺建立という動きに、なぜ、大乗真言密教の将来でなければ応えられないと考えたのだろうか。この問いに答えるには、そもそも、なぜ、この時代に神身離脱から神宮寺建立までの動きが全国的に生まれるに至ったのかという問題から考え直さねばならない。
つぎに、日本で王権レベルに初めて仏教が摂取されるときの事情から見直してみよう。}

2 仏教受容と密教による再編成
/大和王権にどううけとめられたか/仏教が急速に広がった理由/王権の神仏/

3 地方社会への広がり
/村々の祭りのありさま/共同体所有と村長/豪族支配と律令国家/律令国家と幣帛班給/村の構造的変容/私営田領主の苦悩/仏教による救済を求めて/
{・・・すでに述べたように、仏教の根本は、何よりも、物や人間に対する欲望に人間の罪の源泉があり、罪を償うためには苦行によって欲望の根を断ち、その世界から解放されて悟りの境地に達することこそ究極の目的である、という教説にある。この考えは、小乗仏教から大乗仏教に発展し、さらに密教へと展開しても、根底にすえられている。私有することを共同体の神と村人に対する罪と感じている当時の地方の豪族や村長らにとってみれば、私有する苦悩を正面から問題とし、それを根本的に打開する道を提示しているゆえに、神の身すなわち神祭りを利用した支配をしてきた自己を払拭して、仏教に帰依してそこに救いを求めることとなるのである。
しかも、大乗系仏教は、ブッダの教えの、贖罪のための苦行と悟りという究極の課題を出家した僧侶の課題に限定し、一般在俗者は、この僧侶を供養し布施を施せば、それによって贖罪と救済が保証されるという論理を持つに至っている。つまり、心に罪の意識を堅持して、仏や僧への供養と布施を行ない続けさえすれば、実際には、いかなる所有と支配の罪を犯しても帳消しになるという構造を内包していたのである。私的領主化し始めた地方豪族や村長らにとって、まったく好都合な論理と価値観だった。彼らがこぞって仏教に帰依したのは、日本に伝来した大乗系仏教がこのような論理的構造を持っていたからなのである。}
/密教の起源/雑密から大乗仏教へ/

4 王権側の論理と大寺院の対応
//王権と地方豪族たち/私的領有を支える神宮寺/密教で覆われてゆく南都北嶺/
{・・・この時代、仁行(じんこう)・恵蕚(えがく)・円載(えんさい)・恵運(えうん)など多くの僧もまた唐に渡り、顕教とともに密教をもたらして、天台・真言とともに古来の南都寺院に入り、あるいは安祥寺をはじめとする諸寺院を新たに建立して大乗密教をひろめていく。こうして平安時代前期の九世紀末までに、日本全土の寺院や神宮寺は、東密・台密を中心とする大乗密教で覆われることとなった。奈良時代後半に始まる神宮寺を求める地方社会の地殻変動は、約百年の歴史を費やして、日本社会全域を密教で覆うという事態を生みだしたのである。・・・}

第三章 怨霊信仰の意味するもの

1 御霊会とは何か
/御霊の登場/御霊会の生成過程/御霊会の様相と意義/御霊をなだめようとする朝廷/御霊会を生む社会的背景/

2 道真の怨霊をめぐる説話
/発展形態としての菅原道真の怨霊/道真、時平の命を奪う/清涼殿に雷を落とす/日蔵、冥界で道真と醍醐帝に会う/

3 反王権のシンボルから王権守護神へ
/謀叛を支える論理に/北野社の創建から王権擁護の神へ/八幡・天神と結びつく清和源氏/その後の怨霊信仰/

4 怨霊信仰をもたらした社会的背景
/宇多・醍醐朝の土地・租税改革/
{・・・かくして朝廷は、宇多の治世より、右の動きを法令をもって厳しく掣肘するとともに、私営田領主化の動きをそっくり全部王権の基盤に組み入れる道を模索し、その路線を継承した宇多の子醍醐天皇の下で、902年(延喜二年)、一連の太政官符を発して、富豪の宅・私財や私営田の上級貴族・大寺社への寄進の認否を国司の裁量に委ね、それをテコとして、国司の私営田の公的編成を可能にする道を開いた。この結果、国司は王権認可のもとに、伝統的郡司の行政と権威の実を奪い、それらを国衙に集中しながら、この強化された権限を最大限活用して、貴族・寺社への寄進認可を最小限にとどめ、私営田化しつつあった諸国の田畠全般を、順次公領田畠として再編する道を歩むようになった。そのさい私営田を公田に編成する手立てとして生まれてきたのが負名(ふみょう)である。実際に土地を経営する者が国衙に対し納税を約束した田畠の全体に誰々名(みょう)という名をつけ、毎年その田畠総面積に応じた租税(官物・万雑公事)を出しさえすれば、経営の内実は名を負った者(田堵(たと))の自由に委ねられるという制度であった。・・・}
/王朝国家の生成/王朝国家統治の展開と武士/将門の乱と道真怨霊/王朝国家の成長と武士・寺社/
{・・・かくして、これ以降武士たちは、中央で武官の地位を確保し、地方では鎮守府将軍や国司を歴任しながら、王権を支えるとともに、滝口武者はむろん、清和源氏の祖満仲(みつなか)の藤原摂関家への臣従、藤原秀郷の子千晴(ちはる)の左大臣源高明への服従、満仲子息の摂関家への祇候というように、天皇・皇族・上級貴族の私的従者となって政争の武力解決を担うという形で社会的地位を公的に高め、その中で、地方勢力を内々主従制的に編成して、実力を蓄えるという道を辿るようになった。
王権の中に食い入りながらゆっくりと勢力を蓄えてゆくというやり方は、武士のみならず、九世紀以来自立の方向を辿っていた密教寺社勢力にも、大きな作用を与えた。彼らはすでに、密教の教理で、世俗の王権を大日如来に三世にわたって服属することを誓った降三世(ごうさんぜ)大王に比定して、王権に対する聖権の優位を主張してはいたが、九世紀の神宮寺が社会レベルで王権に依存せざるをえず、密教で武装された怨霊信仰が、醍醐を死に追いやり、将門の乱を正当化しても、王朝国家を打倒できないことを知るに及んで、世俗レベルでは本来兼備していた王権擁護の面を全面に出し、王権の精神的支柱であることを強く掲げるようになった。この結果、護国の思想としての法華経と天台宗の勢いは真言宗を上回る程に回復し、比叡山は顕教と密教を共に具備した王権守護の霊山となっていった。}
/王朝国家の完成と怨霊信仰/

第四章 ケガレ忌避観念と浄土信仰

/ケガレ忌避と浄土信仰の発達/
{御霊(怨霊)信仰とは神仏習合の第二段階を象徴的に示すものであった。そして王朝国家は、同時に、さらにすすんだ神仏習合の諸問題に逢着した。九世紀から十世紀の間に発達してくる、王権の世界でのケガレ忌避観念の肥大化と、阿弥陀浄土信仰の日本的論理化である。・・・
・・・他方、阿弥陀浄土信仰とは、いうまでもなく極楽浄土に住むという阿弥陀仏をひたすら信仰して、南無阿弥陀仏と念仏を唱え、没後極楽に往生することを願う信仰である。鎌倉時代には、法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗など、宗派的発展を遂げて日本仏教の一大潮流となり、現代に生き続けている。・・・}

1 王権神話が伝えるもの
/ケガレ忌避観念の出発点/王権神話を貫くケガレ忌避観念/律令国家のケガレ忌避の限界/律令国家文明化の論理/

2 ケガレ忌避観念の肥大化と物忌み
/物忌みとは何か/観念肥大化の論理と背景/
{・・・すでに述べたように、仏教の密教というかたちによる日本社会内部への浸透は、神宮寺や怨霊信仰という、神仏習合の形態を生み出した。神仏が開かれた系で結合するという在り方は、他方で王権の神祇信仰を支える「浄」「穢」の価値観を絶対化する方向を導き出したのである。王権と貴族の日常規範を規定する論理にまで高め、そうすることで密教化して浸透してゆく仏教に対峙しようとしたのであった。この意味で、ケガレ忌避観念の肥大化は、日本の中に根をおろしはじめた仏教に伍しうる日本の王権の固有の祭祀観念の樹立を意味し、それによって、仏教徒神祇信仰ははじめて対等になり、各々の固有の価値観を堅持したままで共生するという神仏習合の新しい段階を築いたのである。}

3 日本的浄土信仰=『往生要集』の論理
/浄土信仰とは何か/
{・・・そもそも「浄穢」観念は仏教それ自体に含まれている観念である。仏教の故国インドには、独特の種姓制度の根幹に関わる「浄穢」観念が存在しており、仏教はもちろん、それを否定するところから出発しているが、それゆえに「浄穢」の対立概念を悟りと罪を補強する宗教的観念にまで昇華させるという論理構造を持つからである。だが、その高度な宗教的意味づけはそれぞれの地域の宗教的社会的基盤の中で、異なった文脈を持ち始める。
インドで発生した浄土信仰は、阿閦(あしゅく)浄土信仰・薬師浄瑠璃浄土信仰・観音補陀落(ふだらく)浄土信仰・弥勒浄土信仰など多様であったが、日本で最も大きな発展を遂げたのは、阿弥陀西方極楽浄土信仰である。阿弥陀浄土信仰は、紀元1-2世紀のころ、おそらくゾロアスター拝火教やキリスト教を含むメシア思想の影響を受けた大乗仏教の一流派として、西インドに登場し、四世紀までに、『阿弥陀経』『大無量寿経』『観無量寿経』からなる根本経典=『浄土三部経』をもって、独特の教理を構築していた。
その教理を端的にいえば、人間を生まれながら欲望に根ざす五つの大罪を背負った者と見、贖罪のための念仏と修行に励めば、死の際に絶対神である阿弥陀仏が来臨して死者を彼の住居である西方極楽浄土に誘い、救済してくれるというものである。人間を欲望にとらわれた罪深い存在と見、贖罪のための修行を重要視する点では、ブッダとその後の小乗・大乗・密教一般と変わらない。しかし、西方極楽浄土という死後の天国とその主である絶対他者阿弥陀を設定し、贖罪の目的地をそこに定め、死を代償にそこへの救済=往生を主張しているのは、阿弥陀浄土信仰のみである。天国と絶対他者と死を代償とする救済は、確かにキリスト教を含むメシア思想に近似し、永久の寿命を象徴する阿弥陀の光=無量光を強調するところは、ゾロアスター教に酷似している。阿弥陀浄土信仰は、仏教が大乗化する時代に、外来のメシア思想やゾロアスター教を摂取して樹立された仏教の一流派であった。}
/律令時代の浄土信仰/宇多法皇と浄土信仰/『往生要集』の成立/

4 極楽往生を願う人びと
/帝王・貴族たちの浄土信仰/女房たちのすがる浄土信仰/武士たちの浄土信仰/法然・親鸞の時代へ/

第五章 本地垂迹説と中世日本紀

1 仏教の論理に包摂・統合された神々
/本地垂迹説の起源/具体化する本地垂迹説/本地垂迹説の展開/『梁塵秘抄』の讃える本地と垂迹/体系的に記す『諸神本懐集』/

2 王権神話の読みかえと創造
/王権の神々の地盤沈下/密教でつつまれる伊勢神宮/中世日本紀の達成/
{鎌倉末期から南北朝を経て室町時代に及ぶ、13世紀後半から15世紀にかけての時代は、全国の主な神社がそれぞれの立場から記紀神話を密教化してゆく時代である。いわゆる両部(りょうぶ)神道はその論理の結実であり、それらは一括して中世日本紀といわれる。密教系の僧がこの動きを促したことは言うまでもないが、その作用のもとに各神社の神官自体が密教を受け入れて、両部神道をさまざまな形で構築してゆく。・・・}

3 王朝国家の危機のなかで
//平安後期の地殻変動/王権に浸透する本地垂迹説/中世日本紀を編み出す王権と寺社/庶民世界に広がる本地垂迹説/神仏習合思想から日本型合理主義思想へ/

結 普遍宗教と基層信仰の関係をめぐって
/普遍宗教としての仏教/基層信仰としての神祇信仰/キリスト教とゲルマン・ケルト信仰/日本における神仏習合の特質/さまざまな宗教複合の世界へ/

主要参考文献
あとがき

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March 24, 2022

シェリング『人間的自由の本質』

この本は1978年頃に購入か?あるいはもっと前か、よくわからない。

目次を見てもなんとなくわかるように、チンプンカンプンな内容です。この時期のいわゆる哲学書はキリスト教的神との関係を論述する段になると、まったく混乱の極となります(笑)。その辺の思考回路が我々東洋人にはどうにも理解しがたいところです。訳者のような一部の日本人にはわかっているらしいけど。。。


書名:人間的自由の本質
著者:シェリング
訳者:西谷啓治
出版:岩波文庫(1975年2月第21刷改版)


《目次》


前書き


第一 序論


1 人間的自由と体系一般との関係


2 自由と汎神論
 a 宿命論としての汎神論
 b 万物即神の汎神論
 c 個別性の否定としての汎神論
 d 自由の否定としての汎神論
 e 自由と汎神論とは矛盾せず
 f スピノザ主義の意味


3 観念論の自由


4 自由問題の難点


5 実在論と観念論との融合の必要


第二 悪の一般的始源と発生(自由の実質的本質)


1 実存する限りの存在者と単に実存の根底たる限りの存在者との区別
 a 神と神のうちの自然
 b 被造物の考察より見られたるこの区別。憧憬と悟性。万物の発生
 c 自然存在者の我意における両極。欲望及び神との合一。精神。


2 悪の可能性


3 悪の消極的概念の批評
 a ライプニッツ
 b 形式と本質との関係よりするもの
 c 悪の根拠を感性に求めるもの


4 悪の現実性
 a 悪の現実性の一般的根拠。悪しき根本存在者想定の排斥。根底の存在理由
 b 第二の創造と歴史の国。歴史の諸期
 c 人間における悪の普遍的必然性


第三 人間における悪の実現(自由の形式的本質)


1 人間の元初的行
 a 恣意均衡の体系と決定論
 b 人間の叡知的本質
 c 自由と必然との合一点
 d 永遠の叡知的行
 e 根本悪
 f 回心の可能


2 人間における悪の現象
 a 悪の総括的説明
 b 宗教心の意味


第四 神の愛


1 弁神論  a 神の人格性
 b 創造の自由
 c 神における選択(ライプニッツ)
 d 悪の存在理由
 e 要点の再説
 f 自己顕示に悪が伴うならば、何故にこれがなされたか
 g 神は悪のうちにも働くか
 h 顕示の終極


2 無底
 a 無差別としての無底
 b 愛としての無底


3 弁護と批評
 a 神と悪
 b 汎神論であるという非難に対して
 c 理性と感情。精神と理性
 d 歴史主義に対して



索引

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March 20, 2022

スピノザ『国家論』

この本は1978-79年頃に名古屋駅近鉄ビルの星野書店で買ったものか、と思われます。


書名:国家論
著者:スピノザ
訳者:畠中尚志
出版:岩波文庫(1976年8月改版)


『国家論』は未完。スピノザの死後、遺稿集として出版されたそうです。


《目次》


一友人にあてた著者の手紙


第1章 序論


第2章 自然権について


第3章 国家の権利について


第4章 最高権力の所管事項について


第5章 国家の目的について


第6章 君主国家について


第7章 君主国家について つづき


第8章 貴族国家について


第9章 貴族国家について つづき


第10章 貴族国家について つづき


第11章 民主国家について


訳者註


スピノザの『国家論』について


 

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March 16, 2022

ボエシ『自発的隷従論』

ネット購入。
ボエシはモンテーニュの刎頸の友、それをすっかり忘れていて、まったく独立にこの本を先頃まとめ買いのついでに題名に惹かれて買ったのです。ちょうど『エセー』を読んでいた時とは何たる偶然。
圧政者はいかにしてただ一人で民衆を支配できるのか。それは民衆がその支配に甘んじるからである、いな、むしろ積極的に隷従しようとするからである。そうなってしまう大きな要因は習慣・しつけである。。。支配者の周りに集まる隷従者がその下へ新たな隷従者を作り出す。。。なんか、解説で西谷修が言っているように現代日本社会を想起させるものがある。。。そして隷従といえばグレーバーの『負債』を思い出す。

書名:自発的隷従論
著者:エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ
監修:西谷修
訳者:山上浩嗣
出版:ちくま学芸文庫(2013年11月第1刷)

《目次》

凡例

/一者支配の不幸/
/多数者が一者に隷従する不思議/
/自由への欲求が勇気を与える/
/自由はただ欲すれば得られる/
/民衆は隷従を甘受している/
/人間は自然状態において自由である/
/動物も自由を求める/
/圧政者の三種類/
/習慣としての隷従/
/スパルタ人とペルシア人/
/生来の隷従は自然と化する/
/自発的隷従の原因は習慣にある/
/圧政の排除には正しい意志が必要/
/自由を失うと勇敢さも失う/
/圧政者の悲惨/
/圧政者の詐術(1)遊戯/
/圧政者の詐術(2)饗応/
/圧政者の詐術(3)称号/
/圧政者の詐術(4)自己演出/
{・・・過去の圧政者たちがみずからの統治をゆるぎないものとするために、どれほどさまざまなものを活用したか、どれほど下らないものを用いたかを耳にするにつけ、〔民衆に対して〕哀れの念を禁じえない。彼らは、どんなに下手な仕掛け網にも間違いなく引っ掛かるこれら俗衆を、つねに自分の意のままにできるものと考えた。この連中はいつもあまりにもたやすくだまされるので、彼らを馬鹿にすればするほど、うまく隷従させることができるという具合であったのだ。}
/圧政者の詐術(5)宗教心の利用/
/フランス王の権威の正当性/
/小圧政者たち/
/小圧政者の哀れな生きざま(1)/
/圧政者の持続しない愛/
/友愛なき圧政者/
/小圧政者の哀れな生きざま(2)/
/神の裁きへの祈願/

【付論】

付論収録に寄せて(西谷修)

服従と自由についての省察(シモーヌ・ヴェイユ)

自由、災難、名づけえぬ存在(ピエール・クラストル)

解説:不易の書『自発的隷従論』について(西谷修)

訳者あとがき

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March 15, 2022

Brian Wells 『 Psychedelic Drugs』

多分、1980年頃に名古屋の丸善のセールで買ったのだと思います。


書名:Psychedelic Drugs
著者:Brian Wells
出版:Penguin Education(1973年)


《Contents》


Foreword


1 Prospect


2 Minor Psychedelics


3 Major Psychedelics


4 Therapeutic Spplications


5 Pathogenic Aspects


6 Psychedelic Philosophy


7 Sex and Sexuality


8 Crime and Aggression


9 Creativity


10 Religion


11 Retrospect


References


Index

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レンタルDVD鑑賞記。


タイトル:Le cerveau(1969年)

Director: Gérard Oury(監督:ジェラール・ウーリー)

Writers: Gérard Oury (a film by, )Marcel Jullian(scenario adaptation), Danièle Thompson(scenario adaptation)

Stars:

Jean-Paul Belmondo ... Arthur Lespinasse

Bourvil ... Anatole

David Niven ... Colonel Carol Matthews

Eli Wallach ... Frankie Scannapieco

Silvia Monti ... Sofia


デヴィッド・ニーヴンは生来のコメディアンだと思う。仕草がとにかく笑いを誘う。

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March 12, 2022

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たぶん50年ほど前に購入したのだと思う。

書名:随想録(エセー)上下 (新装版「世界の大思想」5・6)
著者:モンテーニュ
訳者:松浪信三郎
出版:河出書房新社(1974年1月)

今では、手に入れるのが困難な松浪信三郎の訳した河出書房新社のシリーズ本。50年ほど前に読み始め、飛び抜けて長い第二巻第12章の「レイモン・スボンの弁護」を前に中断。何十年後か、会社を辞めたあと、12章を飛ばして第二巻13章から時々読み進め、この2月から最終章までと「レイモン・スモンの弁護」を一気に読みました。最初に読み始めた頃、少々大げさかもしれませんが私の精神的危機を救ってくれた本でもあります。今でいう「脱力系」みたいな感じで(笑)。ものの味方の相対化が特に売りポイントですかね。それでいて人間の理性に対しては非常な不信感を持っていたようです。確かにその後(彼は1592年59歳で没)の人類史を眺めると理性というのもなかなか信用できないことが証明されているようにも思えます。

《目次》

読者に

【第一巻】

第1章 異なる手段で同じ結果に達すること

第2章 悲しみについて

第3章 われわれの感情はわれわれの死後までも存続する

第4章 霊魂は、その真の対象をもたないとき、いかに誤った対象に情熱をそそぐか

第5章 籠城方の大将は和議のために城を出るべきか

第6章 講和の時の危険

第7章 われわれの行為は意図によって判断される

第8巻 無為について

第9章 嘘つきについて

第10章 すばやい弁舌とゆっくりした弁舌

第11章 占いについて

第12章 堅忍について

第13章 王侯会見の儀礼

第14章 善悪の味は多くの場合それについてわれわれのもつ考え方による

第15章 理由なく城を固守するものは罰せられる

第16章 臆病の処罰について

第17章 或る使節たちの態度

第18章 恐怖について

第19章 我々の幸福は、死後でなければ判断してはならない

第20章 哲学するとは、死ぬことを学ぶことである

第21章 想像力について

第22章 一方の得は他方の損である

第23章 習慣について。また、既存の法律を軽々しく変えてはならないこと

第24章 同じ意図からさまざまな結果が生じること

第25章 ペダンチスムについて

第26章 子供の教育について

第27章 われわれの能力で審議を決定するのは愚かである

第28章 友情について

第29章 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの29篇のソネット

第30章 節度について

第31章 食人種について

第32章 神的秩序を判断するには控えめにしなければならない

第33章 生命を犠牲にして快楽を避けること

第34章 運命はしばしば理性の歩みと合致する

第35章 わが国の政治の一つの欠陥について

第36章 衣服を着る習慣について

第37章 小カトーについて

第38章 いかに我々は同じ事柄について泣いたり笑ったりするか

第39章 孤独について

第40章 キケロについての考察

第41章 自己の名誉を譲らないこと

第42章 われわれの間にある不平等について

第43章 奢侈取締令について

第44章 睡眠について

第45章 ドルーの戦いについて

第46章 名前について

第47章 われわれの判断の不確実なことについて

第48章 軍馬について

第49章 古代の習慣について

第50章 デモクリトスとヘラクレイトスについて

第51章 ことばの空虚について

第52章 古代人の倹約について

第53章 カエサルの一語について

第54章 むなしい器用さについて

第55章 匂いについて

第56章 祈りについて

第57章 年齢について

【第二巻】

第1章 われわれの行為の不定について

第2章 酩酊について

第3章 ケオス島の習慣について

第4章 用事は明日

第5章 良心について

第6章 訓練について

第7章 名誉的な報いについて

第8章 子供に対する父の愛情について

第9章 パルティア人の武器について

第10章 書物について

第11章 残酷について

第12章 レイモン・スボンの弁護

{・・・キリスト教徒は、好奇心がいかに人間の自然的根源的な悪であるかについて、特殊な認識を持っている。知恵と学問において自己を増大させようとする心遣いは、人類の破滅の第一歩であった。この道を通って、人類は永遠の呪いへと失墜していった。傲慢は人類の破滅であり、人類の堕落である。人類をして普通の道を踏み外させ、人間に確信の企てを抱かせるのも、また、他人の手によって導かれるままに、踏み鳴らされたまっすぐな道を辿って、真理の学校の弟子となるよりも、むしろ滅亡の道に踏み迷う一群の頭目になり、誤謬と虚偽を説く教師になる方を選ぶのも、いずれも傲慢のなせる業である。・・・}

第13章 他人の死を判断することについて

第14章 いかにわれわれの精神はみずから自己の妨げになるか

第15章 われわれの欲望は困難によって増大する

第16章 栄光について

第17章 自惚(うぬぼ)れについて

第18章 嘘をつくことについて

第19章 良心の自由について

第20章 われわれは何ものをも純粋に味わわない

第21章 無為に反対して

第22章 駅馬について

第23章 良い目的に用いられる悪い手段について

第24章 ローマ的な偉大について

第25章 仮病を使わないこと

第26章 親指について

第27章 臆病は残忍の母

第28章 何ごとにもその時季がある

第29章 徳について

第30章 或る奇形児について

第31章 怒りについて

第32章 セネカとプルタルコスの弁護

第33章 スプリナの話

第34章 ユリウス・カエサルの戦争の仕方についての考察

第35章 三人の良い妻について

第36章 最もすぐれた人物について

第37章 子供と父親の相似について

【第三巻】

第1章 実利と誠実について

第2章 後悔について

{・・・老年は我々の顔よりも、むしろ我々の精神に皺を刻む。年老いて、酸っぱい、かび臭い匂いを漂わせないような霊魂は、まったく見られない。少なくとも、ごく稀にしか見られない。人間は、成長へ向かうにも、衰退へ向かうにも、心身一体で進む。
 ソクラテスの知恵と、彼の死刑についてのいろいろな事情を見ると、私は、彼が70歳になって、自分の精神の豊かな働きが鈍くなり、いつもの明晰さがくらまされる時が近づいたので、わざと、裁判官たちを怒らせて、自分から死に赴いたのではないかと考えたくなる。・・・}

第3章 三つの交わりについて

第4章 気分転換について

第5章 ヴェルギリウスの詩句について

第6章 馬車について

第7章 高い地位の不便について

第8章 話し合いの仕方について

第9章 空虚について

{・・・私は自分をよく知っている。けれども、どんな人のどんなに純粋な恵みでも、またいかに自由で無償の親切でも、もし私が必要に迫られてやむなくそれを受けたのならば、自分でそれを、屈辱でも圧制でも非難めいたものでもないと思いこもうとしても駄目である。与えることが野心的、優越的な性質のものであるように、受けるということは、屈従的な性質のものである。その証拠に、バヤジットはタメルランからおくられた贈り物を侮辱的反抗的な態度で拒絶した。また、シュレイマン皇帝がカリカット皇帝におくった贈り物は、相手を非常に立腹させた。彼はそれを荒々しく拒絶し、「自分も、自分の祖先たちも、物を受けたためしはない。与えるのが自分たちの務めだ」と言ったばかりでなく、この目的で遣わされた使節たちを、穴の中に投げ込ませた。・・・}

第10章 自己の意志を節約することについて

第11章 びっこについて

第12章 人相について

第13章 経験について

{・・・不断の変化の内にあるわれわれの行為と、確固不動な法律との間には、ほとんど関係がない。最も望ましい法律は、最も条文の少ない法律、最も単純で最も一般的な法律である。我々のようにこんなに多数の法律を持つくらいならば、いっそのこと、法律など一つも持たない方がましだと私は思う。・・・}

{・・・「そういうわけで、流れる小川の中では、絶えずあとからあとから水が流動し、順々に、永遠の運びによって、或る水が他の水に続き、或る水が他の水から逃れる。あの水はこの水に押しやられ、この水は他の水に追い越される。いつでも、水は水の中を行き、小川はいつも同じでも、水はいつでも異なる水である。」(ラ・ボエシ『著作集』254)・・・}

{・・・我々はこんなことを言う。「彼は無為に一生を過ごした。彼は今日は何もしなかった。」―何を言うか? あなたは生きたではないか? 生きるということは、あなたの根本的な仕事であるばかりでなく、あなたの仕事の中で最も輝かしい仕事である。—「もし私を何か大事業に当たらせてくれたならば、私は私の真価を発揮したであろうに!」―あなたは、あなた自身の生活を思索し指導することができたか? それならば、あなたはすべての仕事の中で最も大きな仕事を成し遂げたのである。・・・}

解題

解説(佐藤輝夫)

年表

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